2010年4月5日月曜日

串本

先日は、串本まで出掛けてきた。熊野古道に出掛けようと思っていたのだが、しばらく雨が続いて、足元がゆるんでいるだろうということで、思いつくままに、連れと串本に行くことにした。大阪を昼下がりに出て、白浜に着いたのは夕暮れ時だった。円月島でゆっくり沈む夕日を眺めた。


忙しい日々を送っていると忘れがちになることだが、毎日、本当に美しいことがこの世界で起きていると知ると、どうしてか分からないが勇気が出る。いつかは、海のそばで暮したいと思っている。

日が暮れてから白浜に着いて、紫扇という店に入った。クエ料理は高いので、刺身の盛り合わせと魚介の入った釜めしを頂いた。美味かった。店は夫婦で営んでいて、大阪から白浜に越してきて40年経ったそうだ。イタリアの映画、イル・ポスティーノを連想する。イタリアの小さな漁師の町の話だ。

場末の酒屋の女に恋をした男が、チリから亡命してきた詩人にメタファーを学び、女に詩を贈る。内気な男が「君のほほ笑みは押し寄せる銀の波だ」と呟く。言うなれば、この世界、そのものが詩だ。そして、世界は、情感を感じるためにある。

白浜を出て、夜道を運転して、いくつかの山を越えた。夜を超す場所を探していたが、結局、串本まで行くことにした。海水浴場の駐車場で夜を明かした。


この辺りは、ラムサール条約で保護されているらしい。海に洗われた景観が美しい。連れと海岸線を歩き、漁港を散策した。波は静かだった。

潮岬まで移動し、本州最南端を望める、望楼の芝に行った。タンポポが太陽を待っていて、咲き乱れる寸前だった。おれは無学で、タンポポが日に浴びて花開くものだとは知らなかった。


この穏やかな海も、ときに荒れることがあり、トルコの軍艦が座礁したこともあったようだ。そのとき、串本の人びとが手厚く看護したことで、国際看護発祥の地となっているらしい。当時の様子は分からないが、そのトルコの軍艦は、灯台の光を探して、彷徨っていたと思う。石造りの灯台があった。暗黒の海をさまよう彼らに、 この火が届いていただろうか。


何かを探すときには、あると信じることが大切だ。四葉のクローバーを見つけるコツは、必ずあると信じることだと言う。人が迷って、先が見えない時にも、必ず道が見つかる、行く先を指し示す光があることを信じることが、その人の強さとなるだろう。昔、長い旅をして学んだことは、何かを信じることだった。信頼は、明日を切り開く力だ。それは、人種を超えて、人間をつなげることができる。

帰り道に、海中公園に寄った。サンゴ礁の生態を観れるように、日が差し込む構造になっていた。次に串本に行く時は、海に潜りたい。多様な生物が棲む、美しい海の中へ。生命の流れを感じるために。

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