2011年11月28日月曜日

思考放棄から思考蜂起へ

大阪の選挙が終わって思うことは、自治とは何かということだ。この問題は、大阪の選挙というひとつの現象のみならず、小泉「改革」からの、TPP加入に至るまでの新自由主義における、市民の政治への参画はいかにすべきかという問題を含んでいるように思う。結局、小泉の改革は、多大な自殺者の山を積み上げて終わっただけであり、経済的な問題は何ひとつ解決しないまま、なしくずしにTPPに参加すれば日本経済は回復するという楽観が広がっていることに恐怖を覚える。楽観とは、即ち思考放棄であり、今回の選挙にしても、ただ改革することのみを狂信する輩による新たな悲劇の幕開けになるという予感を禁じえない。

橋下氏の最大の問題は、大阪市民を見ていないことだ。彼の関心は自分の構想を以て国政に影響を及ぼしたいという欲望が丸見えで、大阪市民を人質に取ってでも国政を変えていきたいというモチベーションがある。端的に言って、260万人の多様な生活への眼差しを欠いている。単純に考えて、区を30万人単位に分割して再編すれば財政がうまくいくと言うのなら、同じく30万人規模の自治体と吹田市や豊中市だって財政的に素晴らしい状況にあるべきだ。しかし、現実はそうではないだろう。例えば、西成区には西成区に固有の問題がある。日雇い労働者、結核、生活保護など、大阪市や市民団体がそれなりの努力を払って取り組んできた問題だ。これを浪速区と合併したからと言って、何が一体解決するのか、甚だ疑問である。

選挙に行って、あとは任せきりにするのが民主主義ではなく、市民自身がどのような社会に暮らしたいかを考え、アイデアを練り、計画を実行していくのが自治というもんだろう。カジノを作れば経済が活性化され、韓国にならって追い込み教育をすれば、競争を乗り越えた出来のいい人間ができあがって、大阪の力が上がるというのか。チャラすぎて、笑っちまうわ。

もう少し地に足をつけた政策を、市民自身が提案して実行していくべきだ。

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